東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)120号 判決 1981年2月26日
原告 川村三郎
被告 農林水産大臣
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が指定漁業起業不認可処分に対する原告の異議申立てに対し昭和五五年七月二三日付でした右申立てを棄却する旨の決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案の答弁)
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は、昭和五四年一一月二四日付農林水産省告示第一六五九号をもつて昭和五五年度における中型さけ・ます流し網漁業につきその許可又は起業の認可に関する告示をしたので、原告は同月三〇日右告示に基づき被告に対し右漁業の起業認可の申請をしたところ、被告は原告に対し昭和五五年四月二五日付五五水海第一九〇五号をもつて右申請を不認可とする処分(以下「本件不認可処分」という。)をした。
2 そこで、原告は右不認可処分を不服として昭和五五年五月二二日付で被告に対し異議申立てをしたところ、被告は同年七月二三日付で右申立てを棄却する旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。
3 しかし、本件決定は次のとおり違法である。
(一) 本件不認可処分は、漁業法(昭和二四年法律第二六七号、以下「法」という。)がその目的として第一条に定める「漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ること」に反するものであり、違法である。
(二) 水産庁は原告の起業認可の申請に関連して昭和四八年五月一〇日ころ原告に対し圧力を加えたり、右申請に当たり民主的な調査と検討を怠り独善的な処分をしたものであるから本件不認可処分は違法である。
(三) 従つて、本件決定は本件不認可処分の前二項に述べた違法を看過してなされたものであるから違法であり、取消しを免れない。
二 被告の本案前の主張
前記の農林水産省告示第一六五九号は、昭和五五年度の操業期間を「昭和五五年五月一日から同年七月三一日までとする。ただし、国際交渉との関連において農林水産大臣がこれと異なる期間を定めた場合には、当該期間とする。」と定めており、同年四月一五日行なわれた日本とソビエト間の国際交渉においても操業期間を右告示した期間とすることで交渉が妥結したため被告は前記の異なる期間を定めていない。
そうすると、昭和五五年度の操業期間は既に終了しているのであるから、仮に本件決定ないしその原処分である本件不認可処分を取り消したとしても、右年度における操業は不能というほかないのであるから、本件訴えはその利益を欠き不適法である。
三 本案前の主張に対する認否及び反論
被告の本案前の主張のうち、操業期間の点は認め、その余は争う。
被告は、昭和五五年一一月一〇日付農林水産省告示第一五〇四号をもつて昭和五六年度の中型さけ・ます流し網漁業についての許可又は起業認可に関する告示を行なつているが、右告示によれば起業認可の申請期間は昭和五五年一一月一〇日から同五六年三月二一日までと定めているところ、原告が本件決定の取消しを得て右期間中に起業認可の申請を行なえば、右五六年度において他の漁業経営者に優先して認可が与えられることになるから、本件訴えの利益はある。
四 請求の原因に対する認否
請求の原因1、2は認め、同3は争う。
五 被告の主張
本件不認可処分は次のように適法になされたものであり、従つて、右処分及び本件決定に何らの違法はない。
1 指定漁業を営もうとする者は、法第五二条第一項の規定により、船舶ごとに農林水産大臣の許可を受けなければならない。そして、当該許可を受けようとする者が現に船舶を使用する権利を有しないときは、船舶の建造に着手する前又は船舶を譲り受け、借り受け、その返還を受け、その他船舶を使用する権利を取得する前に、船舶ごとに、あらかじめ農林水産大臣の起業の認可を受けることができる(法第五四条第一項)。この起業の認可を受けた者が、法第五五条第一項の規定により、同認可に基づいて農林水産大臣の指定する期間内に指定漁業の許可の申請を行なつた場合には、申請の内容が認可を受けた内容と同一であり、かつ、当該認可に係る指定漁業の許可の有効期間中であるときは、法第五六条第一項各号に定める場合を除いては、農林水産大臣は許可しなければならないことになる。
すなわち、指定漁業の許可を受けようとする者は、その申請のときに必ず、船舶の使用権を取得していなければならないため、船舶の使用権を取得していない者は、新たに船舶を建造するなり賃借するなりして右許可申請をしなければならないのである。しかし、右許可を受けるためにはさらに種々の要件を充足していなければならず(法第五八条)、また公示に係る許可の申請の場合は申請者の数が公示隻数を上まわるときはいわゆる実績者が優先して許可される(法第五八条の二第三項)等、申請時点では果して申請どおり許可を受けられるかどうかは不明である。そこで許可を受けることが不確定な状態のままで、許可申請者に多額の資本を投下して使用権を取得しなければならないとすればあまりにも負担をかけすぎるので、船舶の使用権がない状態の許可申請者にも使用権を取得しさえすれば確実に許可を受けられるという保証を与えるために起業認可の制度があるのである。
2 また、右の指定漁業の許可及び起業の認可については、法は、公示制度を採用している。
すなわち、法第五八条により農林水産大臣は、指定漁業ごとにあらかじめ、水産動植物の繁殖保護又は漁業調整その他公益に支障を及ぼさない範囲において、その許可又は起業の認可をすべき船舶の総トン数別の隻数又は総トン数別及び操業区域別若しくは操業期間別の隻数並びに許可又は起業の認可の申請をすべき期間を定めて公示しなければならない。この公示すべき事項については、漁業者及び漁業従事者の代表者一五人並びに学識経験者一〇人により構成された(法第一一二条、一一三条)中央漁業調整審議会の意見をきいて定める。
なお、当該公示は、法第五八条第一項の規定により当該指定漁業を営む者の数、経営その他の事情を勘案して、内容を定めなければならないこととされており、これは、次に述べる実績者優先の規定と相まつて、実績者の地位が不当に害されることのないよう配慮すべき旨規定したものである。
3 当該公示による申請すべき期間内に許可又は起業の認可を申請した者の申請に対して、農林水産大臣は、法第五八条の二第一項の規定により、申請に係る隻数が、公示した隻数以下の場合は、法第五六条第一項各号に掲げる例外を除き、公示した事項の内容と同一の申請であれば許可又は起業の認可をしなければならないこととされている。また、申請の隻数が公示した隻数を超える場合においては、法第五八条の二第三項の規定により、その申請のうちに現に当該指定漁業の許可又は起業の認可を受けている者(いわゆる「実績者」と呼ばれている。)が、当該許可又は起業の認可に係る船舶と同一の船舶についてした申請があるときは、他の申請に優先して許可又は起業の認可をしなければならないこととされている。
4 そこで本件についてみると原告は起業認可の申請をして来たのであるが、その申請に係る昭和五五年度の中型さけ・ます流し網漁業の船舶の総トン数別、操業区域別及び操業期間別の隻数については、被告が中央漁業調整審議会に諮問し、昭和五四年一一月一九日付答申を得て、同年一一月二四日付農林水産省告示第一六五九号をもつて公示した。
5 右告示によれば、総トン数八四トン以上九九トン未満(原告の申請に係る総トン数九六トン)の船舶につき許可又は認可をすると定めた枠は二隻であつたが、昭和五五年三月二一日までの申請の有効期間中に申請された隻数は、原告申請に係る第三かわさん丸を含めて三隻であつた。
右三件の申請につき審査を行なつたところ、原告申請以外の二件はすべて実績者からの許可申請であり、法第五八条の二第三項の規定により、これを優先して許可する必要があつたため、原告の本件申請は認可することができなかつたものである。
6 以上のとおりであるから、被告がした本件不認可処分は、適法であり、原告の訴えは理由がない。
六 被告の主張に対する認否
1 被告主張1ないし4は認める。
2 同5のうち、前段は認め、後段の原告以外の二名の申請者が実績者であるとの点は不知、その余は争う。なお、原告はこれまでその申請に係る第三かわさん丸につき法所定の指定漁業の許可ないし起業の認可を受けたことはない。
3 同6は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。
二 被告の本案前の主張について
被告は、本訴請求は結局本件不認可処分の取消しを目的とするところ、原告がした起業認可の申請は昭和五四年一一月二四日付農林水産省告示第一六五九号に基づくものであり、右告示による中型さけ・ます流し網漁業の操業期間は同五五年五月一日から同年七月三一日までと定められているから、仮に本件不認可処分が取り消されたとしても操業は事実上不能であり、従つて、訴えの利益を欠くと主張するので検討する。原告の起業認可の申請が右告示に基づくものであり、右告示による中型さけ・ます流し網漁業の操業期間が右被告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。この事実によれば、仮に原告の本件不認可処分が取り消され、右取消判決に従い原告に起業認可が与えられ、これに基づき指定漁業の許可が与えられたとしても(昭和三七年法律第一五六号による改正後の法第五五条第一項)、もはや操業期間が終了しており、従つて、操業し得ないことは被告主張のとおりである。
しかし、右改正後の法第五八条の二第三項によれば、起業認可を得ることにより許可期間の満了(成立に争いない乙第一号証によれば、前記告示第一六五九号に係る許可の有効期間は昭和五六年二月二八日までと定められていることが認められる。)に伴う次期申請時において、右認可はいわゆる実績として評価され、他の申請に優先して許可又は起業の認可が与えられる旨規定されているのであるから、前記のような操業期間の終了による操業不能のみをもつて訴えの利益がないとすることはできない。よつて、被告の本案前の主張は採用できない。
三 ところで、行政事件訴訟法第一〇条第二項によれば、処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては処分の違法を理由として取消しを求めることができない旨定められているところ、本件訴えは本件不認可処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しを求める訴えであり(行政事件訴訟法第三条第二、三項)、右不認可処分に対する取消訴訟の提起が許されることは昭和三七年法律第一四〇号による改正後の法第一三五条の二の規定に照らして明らかであるから、原告は本件決定の取消しを求める本訴において本件不認可処分の違法を主張することは許されないものといわねばならない。しかるに、原告が本件決定の違法理由として主張するところは、いずれも本件不認可処分の違法理由にすぎないことはその主張自体から明らかであるから、本訴請求はその主張からして理由がないものといわねばならない。
もつとも、仮に原告が本件不認可処分の取消訴訟を提起してみたとしても、前記告示第一六五九号によれば、総トン数八四トン以上九九トン未満の船舶(原告申請に係る船舶は総トン数九六トン)につき許可又は認可するものとされた隻数は二隻と定められていたことは当事者間に争いがなく、成立に争いない乙第五、六号証及び乙第九、一〇号証並びに弁論の全趣旨により成立が認められる乙第七、八号証によれば、右告示に基づき前記の総トン数の範囲の船舶につきなされた許可又は起業認可の申請は、原告の申請のほか、明治漁業株式会社の第三三明治丸(総トン数九八トン五二)及び興洋水産株式会社の第八三興洋丸(総トン数九八トン九四)についてなされた許可申請であり、このうち原告以外の右二隻に係る申請に許可が与えられたものであるが、この二隻に係る申請者はいずれも前年度である昭和五四年四月二五日から翌年二月二九日までの期間につき中型さけ・ます流し網漁業の許可を得て出漁していたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はなく、原告がこれまで申請に係る第三かわさん丸につき法所定の許可又は起業の認可を受けたことがないことはその自認するところである。
そうすると、右事実によれば、第三三明治丸及び第八三興洋丸に係る申請は前記の法第五八条の二第三項によりいずれも実績者として原告の申請に優先して許可を受け得る申請に該当するから、右二隻に係る申請に優先して原告の申請を認可することは許されず、しかも前記のとおり許可又は起業認可をなし得る隻数は二隻であるから原告の申請を認可する余地はないものといわねばならない。従つて、原告が本件不認可処分の違法理由として主張するところはいずれも失当であり、本件不認可処分に何らの違法はない。
四 以上の次第であるから、原告の請求は失当として棄却さるべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田耕三 原健三郎 田中信義)